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「親の過干渉」を乗り越える~その2

前回より、ある女性が、母親に子どものころから過干渉を受け、

その後、親子で話し合いを何年も続け、

乗り越えた事例をご紹介しています。

この「親の過干渉」については、数回にわたって、お送りしたいと思います。

母親と、子どもの関係について、河合隼雄さんが、著書 「昔話の深層」で、

次のように述べられています。

まず、「母なるもののやさしさ、恐ろしさ」として、

「母性」について、こう書かれてあります。

『母性は、その根源において、死と生の両面性をもっている。

つまり、生み育てる肯定的な面と、

すべてを呑みこんで死に到らしめる否定的な面をもつものである。

人間の母親も内的にはこのような傾向をもつものである。

肯定的な面はすぐ了解できるが、否定的な面は、

子どもを抱きしめる力が強すぎるあまり、子どもの自立をさまたげ、

結局は子どもを精神的な死に追いやっている状態として認められる。

両者に共通な機能として、「包含する」ということが考えられるが、

これが生につながるときと、死につながるときと

両面をもつものである。』

そして、河合隼雄さんは、その著書の中で、

神話や昔話においても母性の肯定、否定の両面が表現されていることを

わかりやすく教えてくださっています。

さらに、続きます。

『お母さんは子どものことに一所懸命である。

それこそお菓子の家でも作りかねないぐらい、何でもしてやろうとする。

(中略)

母親は子どもを思うあまり、もっと勉強せよとか、

よい成績をとるようにという点で父親的な役割を担い始める。

こうなると、母親は無意識的なグレートマザーにも比すべき保護と、

父親的な強さという役割を背負いこむあまり、

人間的な母親の役割が もっとも手薄になってくる。

やさしく子どもに接するとか、子どもの気持ちを察するなどということができない。』

『子どもは一方で過保護を体験し、

一方では人間的な接触に欠けるという点で、強い拒否を体験している。

(中略) 

極端な一体感か、あるいは、まったく突き放すか。

そしてまた、多くの母親が「この子と一緒に死にたい」と訴えるのである。』

『物質的な過保護の裏には、しばしば人間的な愛情の不足がある。

それに気づかずに子どもを離すことを考えても無駄である。

これを克服するには、過保護をやめるなどという簡単なことではなく、

かまどの火に身体を焼くほどの苦しみと、死と再生の過程を

経なければならないのである。』

ここで、「死と再生」という言葉が出てきました。

この「死と再生」の説明については、河合隼雄講話集「こころの扉」で、

河合隼雄さんが述べられている内容をご紹介します。

『人間は誰でもお母さんから生まれて、お母さんに依存して育ちます。

しかし、やがてお母さんから離れていかなければならない。

ここに難しさがあるんです。 (中略)

この、母から離れて自立するという難しい過程を、

心理学では象徴的に「母親殺し※」と言います。

(※心理学で使われる場合は、子どもが母親の庇護から離れ、独立した個性を

確固するために、心の中で母親との強いつながりを断ち切ることを指す。)

つまり、心の中では、母を殺すぐらいの激しさをもって母親から離れていく。

実は、こういうことは神話や昔話でもよく語られているんですね。

この象徴的な母親殺しができていないと、かえって本当に母親を殺したり、

子どもを殺してしまうという悲劇が起こりうるのです。

しかし、それで母親とまったく縁が切れるということではありません。

象徴の世界では、「死」の後には必ず「再生」がありますから、

母親は再生して、子どもと対等に話し合う母親になっていきます。

また子どもも「お母さんの気持ちもわかるわ」というように、

人間と人間として母子が相容れるような関係にかわっていくんですね。』

つまり、本来、子どもの養育や成長に必要な

慈しみや愛情を受けることができず、

否定的な側面の母性に飲み込まれ、

望まない過保護か強い拒否しか受けることのできなかった子どもが、

本来のぞむ母親の愛情や慈しみを得るには、

「象徴的」に、目の前の母親を殺すくらいの激しさで、

強いつながりを断たなければ、過保護という名の過干渉を克服することができない

ということを言っておられます。

いままで「良い子」で、親に従順だった子が、突然、キレて反抗的になり、

家出したとか、親に絶縁宣言したというような場合、

親は慌てます。悲しみます。

そして、自分ではなく、子どもを責めます。

しかし、それは、家出や親との絶縁によって、

子どもが従順になるよう物理的にも心理的にも支配する親から 離れて(=死)、

新しい価値観、新しい自分、新しい人間関係を構築していこう(=再生)と

しているのです。

親は、一度、象徴的に、今までのあり方を消滅させなくてはいけません。

しかし、親は、自分のあり方が間違っていたと認められません。

それは、象徴的とはいえ、死ぬくらいの痛みや苦しみを伴うからです。

子どもが何度も自殺しようとしたとか、

我が子が、何らかの形で、人間性が破たんしたとか、

それはもう、受け入れがたい事実を目の前に突き付けられて、

ようやく気づく人が多いのです。

いえ、むしろ、気づいた親はすばらしいのです。

それでも、気づけない親が世の中にはたくさんいるのです。

もしも、悩みがあるのなら、ぜひ、ご相談ください。

お待ちしております。